三田ホーリーチャペルは、イエスキリストを救い主と信じる信仰と、神様の愛に根ざした地域教会です。聖書の言葉を神のことばと信じ、毎週、神様の愛と平安に満たされ、礼拝が捧げられています。教会創立牧師の菅原亘 牧師ご夫妻は、阪神淡路大震災の2年後、1997年の開拓時、地域宣教と教会成長に尽力され、現在は顧問牧師として教会を霊的に支えておられます。
重元 勝行(しげもと かつゆき)担当牧師

1979年 神戸市長田区出身、幼少期に母親が大橋聖書教会(現 神戸キリスト栄光教会)の伝道師の訪問により「本当のクリスマスを味わってみませんか?」をきっかけに、母、兄と共に教会へ導かれる。
3歳の頃、父親が髄膜炎を発症、教会員一同、家族の祈りの中、一命を取り止めるも、要看護の生活となるが、毎週の礼拝と、神の家族に支えられ、交わりにより守られる。
8歳の時に、罪の自覚と、悔改めをきっかけに、聖霊体験、イエス キリストを信じバプテスマを受ける。
1995年 阪神淡路大震災を神戸市長田区の実家で被災。高校卒業、就職後7年目、献身の思いが再び与えられ、フルタイム献身へ導かれる。
生駒聖書学院へ入学、2年修了後、大橋聖書教会(現 神戸キリスト栄光教会)を共同開拓されたディベイ夫妻を訪ね、米国・シアトルにあるホライズンチャーチにてショートステイ、翌年2008年4月帰国、神学校へ復学、翌年 卒業、神戸キリスト栄光教会の伝道師として仕える。
2010年に真来喜師と結婚、2人の娘と共に、2013年12月より三田ホーリーチャペルへ派遣され、今日に至る。好きな食べ物は、揚げもの、麺類、コーヒーなど。好きな事は賛美(ギター、ドラムなど)、スポーツ。愛唱聖句:ヨハネの福音書12章24節、第二コリント人への手紙12章9節。
重元 真来喜(しげもと まらき)担当牧師

兵庫県西宮市出身、小学校の同級生に教会へ誘われたのをきっかけに導かれ、9歳の時に受洗。
高校3年の夏に祈祷院で聖霊のバプテスマを体験、甲子園ミッションの時に献身の思いが与えられ、阪神淡路大震災後に沖縄YWAMにて宣教訓練を受ける。
2000年、現・甲子園プレイズチャーチへ導かれ、献身、生駒聖書学院を卒業後、甲子園、神戸キリスト栄光教会で仕え、2013年から勝行師と2人の娘と共に、三田ホーリーチャペルにて仕え今に至る。
菅原 亘(すがはら わたる)顧問牧師

このページをご覧くださったあなたの上に、特別な聖霊の満たしがありますよう祈ります。私は1944年大阪に生まれ、戦時中は加古川に疎開して幼少期を過ごしました。
17歳の時、英会話を通して教会に導かれ、主イエスを救い主と信じて洗礼を受けました。26歳で結婚し、家庭を持つ中で神に献身する思いが与えられ、生駒聖書学院で学び、36歳で牧師として按手を受けました。
現在は個人預言聖会などを通して癒しと解放の働きが表されています。願いは日本と世界の霊的覚醒であり、そのため強い聖霊の満たしを求め続けています。
礼拝メッセージは常に前向きで分かりやすく、聞く人に信仰・希望・愛をもたらすことを心がけています。あなたの人生に主の豊かな祝福がありますように。
日本オープンバイブル教団 教団代表役員 神戸キリスト栄光教会 顧問牧師 芦屋シャロームハウス 牧師
三田ホーリーチャペル 創立・顧問牧師
私が教会に来たキッカケ

私がクリスチャンになり、この教会に導かれるまで
私は25歳の秋に、高校の同級生に誘われて初めて教会に行きました。
年始は初詣、葬儀は浄土真宗という、いわゆる日本の一般的な無宗教の家庭に育ち、子どもの時などに日曜学校へ行ったこともありませんでした。
私には知的障害と、精神障害を持つ6歳下の弟がいて、「弟は、なぜこんな辛い人生を歩まなければならないのだろう。」とずっと思っていました。
また、聖書の一番初めに、「初めに、神が天と地を創造した。」という言葉があります。
私は学校で習った進化論しか知りませんでしたが、この御言葉をすぐに受け入れ、神様の存在を信じることが出来ました。
その後、毎週続けて教会へ行くようになり、イエスキリストを信じ、受け入れ、翌年の夏に洗礼を受けました。
3年ほど教会へ通っていましたが、ノンクリスチャンの夫と結婚し、その後は教会へ行かなくなってしまいました。
しかし、教会(神様)への想いはずっとあり、十字架のある教会の建物を見ると、心が痛みました。
結婚、出産を経て、私は普通の人に比べて、体の弱さをいつも覚えていました。
そして、2人目の子どもを出産して半年後、とにかく、体がしんどいので、病院で検査を受けましたが結果は異常がありませんでした。
結局、精神科で鬱と診断され、何とか家事や育児をやってきました。
子ども達が大学、高校に行く頃から、そのしんどさが増してきて、どこかで、神様を求めていました。
そして、また別の高校の時の友人を通して、三田ホーリーチャペルへと導かれました。
再び続けて教会へ通う内に、もう一度イエスキリストが私の罪の身代わりとなって十字架にかかり、三日目に復活した、今も生きて働いておられる、唯一無二の神様である事が、はっきりと分かりました。
そして、約20年間飲んでいた、抗うつ剤も止める事が出来ました。
神様は私たちを呼んでおられ、また、待っておられます。
遅過ぎることは決してありません。
どうぞ、皆さんも、このお方の御許にいらして下さい。

二十代の頃に友人を通してノルウェーの女性の宣教師の先生と出会いました。話をする場所は、キリスト教会で、先生たちのお宅でもありました。先生は女性2人と、犬2匹で住まれており、北欧のものも多く、可愛らしい雰囲気の場所で、居心地が良かった事を覚えています。先生たちとコミュニケーションをとる中で、イエス様の話し、聖書について教えていただきました。
私はそれまでキリスト教の事は殆ど知りませんでした。聖書の話は難しい内容もありましたが、こういう世界もあるのかと、毎回の交わりが興味深いものでした。衝撃だったのは、イエスキリストが私の罪のために身代わりとなって死なれたという事でした。一年ほど、続いた交わりの中で、「イエス様を心に受け入れてみませんか?」と問われる機会がありました。不思議な感覚だったのですが、心にイエス様を信じてみたいという思いがきて、受け入れる応答をしていました。
その後、洗礼(クリスチャンとなる祭儀)を受け、継続的に礼拝に出席しました。教会に来ている方々は色んな世代の方々で、礼拝後には話をしたり、共に食事をすることもあり、その中でお互いの事を祈り合い、この時間は楽しく、大切な交わりの時となりました。
就職、結婚、子育てをする中で、環境の変化があり、信仰生活が薄いものになる時もありました。神様との交わりの時間が少なくなり、自分中心の生活になっていたと思います。
祈りもなく、自分で何でも決めていく事が多くなった時期がありました。人生には色々な事があり、苦しい所を通る事があります。私にも自分ではどうする事もできない、本当に辛い時期がありました。心が苦しくて、耐えられない時に「神様助けて下さい・・!」と神様に訴えて祈っていました。神様に頼ると聞くと、弱い人間がする事だ。と思われがちですが、それは違います。神様は、私たち人間の良い時も、そうでない時も、ずっと傍にいて下さるお方なのです。そして、私たちが神様に頼って生きる事を望んでおられるお方なのです。
これまで辛い所を通りましたが、神様は私にこの事を思い出させて下さいました。
現在は17年前に導かれた、三田ホーリーチャペルで礼拝を捧げています。一昨年は弟子訓練を受けさせていただき、6ヶ月間、牧師先生と一対一での学びは、御言葉の深さや、神様との人格的な交わりの時間を持つことの大切さを知る事が出来、今後の信仰生活に大いに役立つものとなりました。このような機会が与えられた事を本当に感謝しています!
